2008年、27歳で若年性乳がんになりました。2013年12月、5年目を目前にまさかの再発、転移!!治療エンドレス~が始まりました。悲しみや苦しみもいっぱい、涙もいっぱい。でも幸せもいっぱい。「今」を楽しく自分らしく生きてやるっ!そんなayaの日記です。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


準備いろいろ・・・パイ編
2008年08月31日 (日) | 編集 |
術後1ヶ月ほどがたって、腕もちゃんと上がるようになり、傷の方も落ち着いてきた頃。

ずっと欲しかった「パイ」を買いに行くことにしました。(おっパイのコトです)

購入したのはワコールのリマンマルーム
個室で、対応してくれる店員さんもとても感じの良い人手書き風ハート


私はそこで、ブラジャー2枚とシリコンパッドを購入しました。

ブラジャーはだいたい5000円前後。
シリコンパッドは2万円くらい。

私にはとっても高い金額だけど、でもその場で試着させてもらって、あまりの付け心地のよさに感動してしまいました

術後ずっと、胸帯に今まで使っていたブラのパッドを2枚重ねにして縫ったものを入れて使っていたんだけど、だんだんと薄着になる季節、どうしても胸元が気になる

それに胸ってなくなって始めて知ったけど、案外重さがあるもの。
片方なくなると、バランスが悪くなって肩こりもひどい

そんな状態でずっと来たので、ブラとシリコンパッドをつけたら、まるで胸が戻ってきたような感覚で
もう嬉しくって嬉しくってアップロードファイル

あまり嬉しかったので、その場でつけて帰ることにしました。

帰り道、ショッピングモールに寄って買い物をしたんだけど
胸を張って堂々と歩ける嬉しさ
今までどおり、着たい服を買える嬉しさに
またまた感動手書き風ハート

今まで胸なんてあって当たり前で、気にしたことなんてなかったけど
胸があるってことがこんなに嬉しいことだったなんて


ちょっとお高い買い物だったけど、これでこんなに幸せな気持ちになれるんだったら安いもんだよねアップロードファイル

それにね・・・
このシリコンパッド、胸の大きさによって若干お値段が違うんです・・・
私は胸が小さいので、安いので大丈夫でした。
ラッキ~ピース
でも胸が小さくてラッキーだなんて・・・・ちょっとむなしい
スポンサーサイト

準備いろいろ・・・ヅラ編
2008年08月31日 (日) | 編集 |
抗がん剤治療が決定して、まず最初にやったこと。

それはヅラを買いに行くことでした。

最初、ヅラは自分で買うつもりでいたので、ネットで手軽に買えるものをいくつか選んでありました。

でもありがたいことに、母がヅラを買ってくれることになり・・・

母の勧めで、銀座のスヴェンソンで買うことになりました。

私ではとてもとても高くて買えるような店ではないのに

ほんとにほんとにありがたいです手書き風ハート


私はそこで、ボブくらいのちょっと明るめの色のヅラを購入しました。

こちらがそのヅラ絵文字名を入力してください

080824_1118~0001

ミックス毛で、人工頭皮のついてないものなので、こちらのお店の中では割と安めのものです。


その他にも、自分でネットでいくつか買ってみました。

ロングの軽くウェーブがついたやつとか、ちょっと落ち着いた色のセミロングとか。


そのうちのひとつ絵文字名を入力してください

愛用品

ネットだととても安く手に入るので、いろいろと冒険して楽しむことも出来ます♪


あと、おうちでかぶる用の帽子も用意しました。絵文字名を入力してください

080824_1118~0002

スウェット素材で、リバーシブルで、なかなかの優れものグッ


髪が抜けてしまうってコトは、女性にとってほんとうにほんとうに辛いことだけど
でも抜けてしまうものは仕方ない

どうせ抜けてしまうなら、もうとことん楽しんじゃえっアップロードファイル

ってことで、私は脱毛対策に、かなりいろいろと買い込んでしまいました


髪もさみしいけど、お財布はもっとさみしい・・・・・出費



病理の結果
2008年08月31日 (日) | 編集 |
2008年6月6日

いよいよ、病理の結果が出る日がやってきましたびっくりまぁく2


私は前日の夜から、もうドキドキしてじっとしてられな~いっっひぃ~

それはパパも同じだったようで・・・・

深夜、ドライブに出かけました赤色の車

特に行くあてもないので、東京に住んでるのに東京見物笑

でもパパといろいろな話をしながら、ライトアップされた東京タワーなんかを見ているうちに、だいぶ気持ちも落ち着いてきました手書き風ハート

どんな結果だったとしても、しっかりと受け止めよう
そんな覚悟も出来ました。


はれ


そしていよいよ病理の結果、パパと一緒に聞いてきました。

私の病理の結果がこちら絵文字名を入力してください

ステージ2a
リンパ節転移 18個中2個
グレード3
ホルモン受容体 +
ハーツー スコア1



私の癌ちゃんは、ほとんどが乳管の中だけで広がっていたのですが
ほんの一部、ほんの少しだけ、乳管から飛び出している部分があったようです。

それがリンパの流れに乗り、脇のリンパ節に転移。
リンパ18個採ったうちの、2個に転移がありました。
そして、私の癌ちゃんはちょっと顔つきの悪いタイプ

年齢が若いこと、そしてリンパに転移していたこと、顔つきの悪い癌だということ。

それらの結果を踏まえて、今後の治療方針も決まりました。

コレが私の治療スケジュール絵文字名を入力してください

FEC4クール
タキソール12回
ホルモン療法5年~10年


結果も知る前から、自分なりに予想はしていたし
治療方針もだいたいこんな感じになるだろう、と思っていたので
たいした落ち込みもなく、動揺もなく・・・・

ただ、いよいよ始まるのか~

そんな気持ちでした。

抗がん剤は約半年。
その後、ホルモン治療は5年~10年も続く。

考えただけで嫌になっちゃうけど、でもこれはこれからを生きるために必要な治療。
一歩一歩、進んで行かなくては


いよいよ始まる、癌ちゃんとの戦い
辛いことや悲しいことが、たくさんたくさん待ってるだろうけど
でも負けないよ~むきっ


動かない腕との戦い
2008年08月31日 (日) | 編集 |
退院後、私を待っていたものは動かない腕との戦いでした


もうね、ほんっとに動かないんですよ

入院中、看護婦さんや先生から簡単なリハビリを習って、少しはやっていたんだけど
全然だめ、効果なし

今まで当たり前に出来てたことが、当たり前に出来なくて・・・

悔しくて悲しくて。
もう二度と、もとには戻らないんじゃないかとか思ったりして。

かなり落ち込んでしまいましたjumee☆Feel Depressed4


それでも、毎日少しづつ、少しづつですが、リハビリをしているうちに
腕が5センチほど浮かせるようになり・・・
前習えができるようになり・・・
水平にできるようになり・・・
バンザイができるようになり・・・

1ヶ月たたないうちに、ほぼ元通りに使えるようになりました絵文字名を入力してください



術後4ヶ月がたった今は、すっかり元通りグッ

子供二人乗せて、自転車にだって乗れちゃいます

リンパをとったので、虫に刺されないように、とか
重いものを長時間持たないように、とか
傷を作らないように、とか
何かと気をつけなくてはいけないことも多くて、慣れないうちはそれが煩わしくてイライラしたりもしましたが、最近はそんなのにも慣れてきました。

動くようになっても、やっぱり手術前と全く一緒というわけにはいかないけれど
でもこの腕と、これから一生付き合っていかなければならないのだから
手術前と比べるのではなく、動かなかったのが動くようになっただけで
幸せだと思わなくっちゃね手書き風ハート



子供達を迎えに
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年5月6日

この日めでたく退院アップロードファイル

退院した次の日、子供達をパパの実家まで迎えにいきました赤色の車
車に揺られるたび、左の腕が痛んだけれど、子供達に会えると思うと痛さもどっかへ吹っ飛んだ

入院中、声を聞くと私も子供も思い出してさみしくなっちゃうので、電話もしませんでした。
なので、ほんとうにほんとうに久しぶり手書き風ハート

1時間ちょっとかかって到着すると、外で近所の子供達と遊んでいる二人の姿が目に入りました。

車を閉める音で、私達の到着に気づいた子供達。

「あ~ママだぁ~アップロードファイル
と、満面の笑みで駆け寄ってきて、私に抱きついてきましたハート

二人をぎゅーっと抱きしめる私。
ごめんね、寂しい思いをたくさんさせてうう…

それから家に入り、私が入院中の子供達の様子をお義母さんから聞きました。

長女はさみしいのを我慢して、一度も泣かなかったそう。
そして私を思い出しては泣く妹の面倒をとってもよく見てくれてたそうです
自分もさみしかったのに、偉かったねkusun

次女もまだ2歳4ヶ月だというのに、よく頑張りましたグッ


そして何より・・・・
10日間も2人の面倒を見てくれた、お義母さん、お義父さん、お義兄さん、義弟、おばあちゃん、
ほんとにほんとにお世話になりました。

帰り、車に乗り込む時、私とお義母さんとおばあちゃんは大泣きしちゃったっけ。
言葉にならない、それぞれのいろいろな思い。

今まで、不満や文句ばかりだったけれど、今はすごく感謝しています。

私が安心して手術できたのも、全てパパの家族のおかげ

素敵な家族のいる、パパと結婚できて、私は幸せです手書き風ハート

そして幸せなことがもうひとつ。

夜、布団を敷いていて、久々に4つの枕が並んだのを見て、ものすごい幸せを感じました手書き風ハート

今まで当たり前だったことが、当たり前ではないことを知り、それがすごく幸せなことだったんだと気づいた

病気にはなっちゃったけど、そんな幸せに気づかせてくれたんだから、病気も悪いことばかりじゃないねうふ

これからも、ずーっとずーっと4つの枕が並べられますように・・・・clover



暇な暇な入院生活
2008年08月30日 (土) | 編集 |
入院生活は、ほんとにほんとにでした↓


なので入院中は、本をたくさん読みました

雑誌、漫画、小説・・・いろいろ読みましたが、やっぱり癌関係の本が多かったです。

それから、一番暇つぶしになったのが携帯
軽い軟禁状態の入院生活で、唯一下界と連絡をとれる携帯は、必需品でした


あと入院生活で役に立ったもの

・ベッドにいろいろと物をかけられるS字フック。
・腕の下に敷いて寝ると楽なクッション。
・すぐに脱ぎ履きできて、滑らないスリッパ代わりのクロックス。
・肌寒い時に羽織れるパーカーやカーディガン。
・シーツ代わりにもなる大きなバスタオル。
・まずいご飯を食べるためのふりかけ。


などなど・・・なくても平気だけどあると便利なもの達アップロードファイル


そういえば、同室のおばちゃんたちとも仲良くなりました手書き風ハート入院した当日、私にデリカシーのない言葉を吐いたあのおばちゃんともうふ

朝、一緒にパンを焼きに行ったり、暇な時に世間話をしたり・・・

特に、あのいかついおばちゃんは、口は悪いけど根はいい人で、私のことを気にかけてくれることが多かったです。

退院するときも、相変わらず口は悪かったけど、さみしそうだったなアップロードファイル


当初、5日で退院できる予定が、ドレーンの廃液がなかなか減らず、結局8日目でようやく退院。
入院してる間は、長く長く感じたけれど、いざ退院となるとあっというまだった気がします。

あれ以来、あのおばちゃん達とも会ってないけれど、みんな元気にしてるかなぁ?
元気だといいなぁアップロードファイル


手術翌日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
朝、スッキリと目が覚めました

傷の痛みもほとんど感じません。麻酔もすっかり抜けたよう。

でもリンパを採った左腕は動かすと激痛
そして自力では1センチほどしか動かせませんでした。
これにはビックリ

動かないとは聞いてたけど、これほどとは


片手で何とか顔を洗い、今度は着替えようとしたけれどこれはどう頑張っても無理そうだったので断念


そのうち朝食の時間になりました

なんてったって、昨日の朝から絶食だったので、この日の朝食は最高においしく感じましたアップロードファイル

面会時間になり、早速パパがお見舞いに。
左手は完全に使い物にならないので、着替えから何から、全てパパの手を借りて・・・
う~ん、情けない↓


それにしても、手術翌日からこんなにも普通に動き回れるのか、と驚きました
左手が動かないのと、首からドレーンを下げてる以外は元気元気アップロードファイル

なので早くも退屈し始めた私汗

退院は早くても5日後・・・・

それまで何してこの暇を潰そうか~


手術当日~目覚めたあと~
2008年08月30日 (土) | 編集 |
なんだか苦しくて目が覚めた。

「ayaさん、噛まないで~噛まないで~、楽にしてね~」

看護婦さんが何か言ってる。

どうやら全身麻酔で肺まで入れた管を抜く時に、苦しくて私は思いっきり管を噛んでしまったようで

言われたとおり、体の力を抜いて楽にしたら、管がスーッと抜けた。

そしてまた私は意識を失った。



次に目が覚めた時、私は病室のベッドの上にいた。

「aya~aya~」
と呼ぶ、パパの声で目が覚めた。

何か言い返そうと、声を出そうと思ったら声が出ない

まだ麻酔が残っていて、うつらうつらしているうちに、
「また明日来るからね~」
という、家族の声で急に意識が戻ってきた。

「うん、ありがとね~」
相変わらず声は出にくいけど、今度はなんとか声になった。

みんながぞろぞろと帰った後、パパだけ少し残ってくれた。

そして、どうしても気になってたことを思い切って聞いてみた。

「リンパ、どうだった?」

「リンパ、転移してたよ・・・」

「そう、じゃ~治療、がんばんないとね」

「そうだね」

不思議と落ち込みはなかった。
やっぱりそうか・・・・そう思っただけだった。

だって1ヶ月の間に、あれほど大きく成長した癌。
タチが良くないのは、素人にだってわかる。


それからパパが帰ったあと、私はまた少し眠りについた。



次に目が覚めた時、意識は完全に戻っていた。

恐る恐る、体を動かしてみたけれど痛みは全く感じない。

おしっこの管が気持ち悪い

ちょうど、看護婦さんが様子を見に来てくれたので、おしっこの管をはずしてもらい、歩いてトイレへ行ってみた。

まだ頭がふらふらしていたけど、大丈夫、ちゃんと歩けた

ベッドに戻り、痛みはないけれど、夜中に痛みで目が覚めたら嫌なので、痛み止めの座薬をいれてもらった。

その後、友達へ手術が終了したことをメールで報告

散々眠ったし、さすがに手術したばかり。痛みも出てくるだろうから、今夜はよく眠れないかな・・・

そう思ったら、この日もすんなり眠れて、朝まで目が覚めなかった。

やっぱり、私の神経は図太いのかもしれない・・・




手術当日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月28日

とうとう、とうとう、待ちに待った手術の日がやってきましたきた


普通は手術の日なんて、待ち遠しくないものなんだろうけど
私はこの日が待ち遠しくてたまらなかった。

というのも、私の癌。
見つけた当初は小指の先くらいの小さなしこりだったのに、この1ヶ月ほどの間にみるみるうちに成長し
手術を迎えるこの頃には、かなりの大きさになっていました。

そんなものを胸に抱え、この1ヶ月生活していたのです。
胸に爆弾を抱えているような気持ちでした爆弾

だから手術の日が来るのが待ち遠しかった~。




この日は朝から絶食おにぎり

手術の予定は3時ごろ。

朝一で小さな子供の手術が入っていて、その後乳癌の手術が3件。
私の手術は一番最後です。

お昼頃から点滴が始まり、私の家族もぞろぞろと集まってきました。
ほんとにぞろぞろ。
パパ、両親、曾祖母、祖母、叔父夫婦、いとこ、叔父・・・総勢9人
心配して来てくれるのは、本当にありがたいけど・・・
でも、ちょっと大人数すぎて恥ずかしいv


手術までの時間は、これから手術するとは思えないほど落ち着いていて
家族とべらべらお喋りをして過ごしました。

が、予定の時間を過ぎてもなかなか呼びにこない

4時を過ぎても、4時半を過ぎても、まだお呼びがかからない

どうも、朝一の手術がおしてしまったようで、5時ごろになるらしい。

こっちは朝から飲まず食わずで待ってるってのに絵文字名を入力してください(点滴をしていてもお腹はすくんですね)

結局、お呼びがかかったのは5時をだいぶ過ぎた頃でした。


車椅子に乗せられ、エレベーターへ。
看護婦さん達とお喋りをしながら、見守る家族に向かって
「んじゃ~ね~かお
と笑顔でしばしのお別れ。


手術室のある階に到着すると、今度はストレッチャーに乗せられ、ガラガラと移動。
よくテレビで見るシーンだ、とちょっと感動手書き風ハート

いよいよ手術室に到着し、着ていたガウンを脱ぎ、アルミホイルのようなものをかけられました。

そこでも看護婦さん達とお喋り。

まったく緊張感がありません

そのうち、麻酔の先生がやってきて

「ではayaさん、麻酔をします。すぐに眠くなりますからね」
といって、注射器のようなものを点滴の中へちゅ~注射2-2

すると急にメンソールのようなものがスーッと鼻から脳天まで突き抜けるような感じがして

そこからふっと意識がなくなった・・・

いよいよ入院
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月27日

いよいよ入院です

夕ご飯を食べ、お風呂に入ってから病院へ向かいました


私の入院する部屋は6人部屋。

場所は違うけれど、でもみんな癌の患者さんです。

病室に入り、荷物の整理をしていると、なんだか感じるあつ~い視線カエルさん(落ち込む)

どうやら、なんだかやけに若い患者が入ってきたと、興味深々のよう。

と、ひとりのおばちゃんが声をかけてきました。

「あんた、どこが悪いね?」

「はぁ~あの乳癌で・・・」

「へぇ~若いのに、まぁ。」

それを聞いていた、窓際のベッドのいかつい風貌のおばちゃんが一言。

あ~乳癌の抗がん剤は頭ツルツルになるよ。あんたの前にいた患者も、その前の患者もみんなそうだったもん。
でも乳癌の患者はすぐ退院しちゃうんだよねぇ
。」

・・・・手術を明日に控え、しかも今入院してきたばかりの患者に、なんてデリカシーのない言葉をっっ絵文字名を入力してください


その後、すぐ就寝時間になってしまったので、他の患者さん達とたいして話すこともなく
カーテンを閉めて、消灯。

手術前夜、きっと眠れないだろうな・・・・そう思っていたのに、
27年間、付き合ってきたこの胸とも今日でお別れなのに・・・
そんなこともちっとも考えず、すぐに眠りについた私。

意外と神経図太いのかも・・・汗とか

いちじ入院
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月26日
とうとう入院の日です。

といっても、この日は金曜なので、入院して先生からの説明を受けたあと、外泊していいことになってたので、仮入院といったところでしょうか。

お昼、暇そうな入院生活を考えて、まるでどこかに長旅でもするかのような荷物を持っていざ病院へ。

先生の説明は午後5時頃からで、まだだいぶ時間があるので、看護婦さんに院内を案内してもらったり、外へお茶をしにいったりして時間を潰しました。

午後5時、ようやく先生からの説明。
私の母と祖母も同席しました。

私の癌の説明、手術の説明、術後の説明、術後の治療の説明。

私とパパはもう事前に知っていることばかり。

でも私の母と祖母にとっては聞きなれない言葉ばかりで???だったようで・・・

長々と先生に詳しい説明をしてもらい、挙句祖母なんかは長い世間話までする始末

先生、祖母の長い話に嫌な顔せず付き合ってくれてありがとうアップロードファイル


先生の説明が終わり、今度は麻酔科の先生からの説明を受け、ようやく帰宅。

明日から、子供達はパパの実家で見てもらうことになっているので、子供達ともこの日の夜でしばらくお別れ涙

さみしくて、心配で、顔をみるだけで泣きそうになっちゃうけど
でもそれ以上に、さみしいのを我慢している長女(次女は全く状況を理解してない
の前で、ママが泣くわけにはいかないもんね。

しばらく会えないけど、ママはあなた達とこれから先、ずーっとずーっと一緒にいたいから
だから頑張るね手書き風ハート


術前検査その4
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月23日


この日もまたまたS大学病院にて術前検査

この日やった検査は
採血、採尿、心電図、レントゲン、肺活量・・・・・あれ、まだなんかあったはずだけど覚えてないや

とにかく、検査内容が書かれた紙を持ちながら
あっちに行ったり、こっちに行ったり

その中でも、私がとっても辛かったのは肺活量を調べる検査。

マウスピースのようなものを口にくわえて、
「吸って~吸って~、はいっ、思いっきり吐いてっ

「ふぅ~ぅぅぅ~・・・・・・うぅぅぅひぃ~

「もっと、もっと、頑張って~」

「うぅ~・・・・もう無理ですぅ~ゼィゼィ

コレをずーっと繰り返す

スモーカーにとっては、ただの拷問です、コレうう…


この日は全ての検査が終了するのに、半日以上かかってしまいました。
そして、いろんな検査をまわり、採血で試験管7本も血を取られた上、最後に拷問にあった私は
へとへとのくたくたになって、帰宅したのでしたorz


でもコレで全ての検査が終了~アップロードファイル

あとは28日の手術を待つのみ、ですグッ


術前検査その3
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月22日

この日はMRI検査の結果を聞きに行きました。

いつも結果を聞く時はパパも一緒についてきてくれるんだけど、この日は仕事が忙しくて
私ひとりで聞いてきました。

診察室へ入るなり、何枚も、大きく貼りだされた私の胸の写真。

いくらMRIの画像だといっても、真横から取られた写真は乳首もくっきり


なんか、ちょっと恥ずかしいんですけど~
v

と、ひとりで照れてる間に、先生は早速説明へ。

「う~ん、思ったより範囲が広いねぇ~。この白いのが癌だから。」

「えっ、この白いの、全部癌なんですかぁ

画像に写った私の左胸。
下半分が真っ白でした。



ってか、どう見てもやばそうだよ~コレorz


不安を隠しきれない私に先生は

「でもね、これが全部乳管の外だったらほんとにヤバイんだけど、ayaさんのは見た限り
乳管内にとどまってるのがほとんどだと思うんだよね。
もしかしたら飛び出てるのもあるかもしれないけど、それも多分ほんの一部だと思う。」

その先生の言葉を聞いて少し安心


(乳癌には「非浸潤癌」「浸潤癌」と種類があって
「非浸潤癌」ならば、癌は乳管内だけにとどまっていて、手術でとってしまえば完治したともいえるくらい、早期な癌です。
なので、術後の治療もないことが多い。

一方、「浸潤癌」だと、癌が乳管から飛び出してしまっているので、リンパや血液に乗って
全身に回っている可能性が出てきます。
なので手術で癌をとってしまっても、術後の治療というものが必要になってきます。)


あ~神様、どうかどうか、非浸潤癌でありますように・・・・


MRIの結果を聞いて、診察室を出ようとした時、先生が一言。

「まだまだ結果はわからないからね。希望を捨てずに行きましょう

って、先生私、最初から希望は捨ててないですけどっ汗

そして
これ、記念にっ手書き風ハート

そう言って、私のMRI画像をプレゼントしてくれましたリボン


・・・・・・いらねぇ~しっっムカツク!



術前検査その2
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月21日

この日は私が手術するS大学病院にて、MRI検査です

今まで特に大きな病気もなく、すくすく育ってきた私です、もちろんMRIなんて始めての経験

検査室に到着すると、まず服を脱ぎ、貴金属を外し、ガウンみたいなものに着替えさせられました。
それからMRIの説明を受け、同意書を書かされ・・・・

そのときのMRI技師の言葉。

「たまに造影剤が合わなくて、大変なことになる方もいます。まれに死亡することもありますが
その辺、ご了承くださいますか?」

し、死亡ってshock

でも断って、造影剤での死亡は免れたって、私は癌患者だからな~

そんなコトを思いながら、同意書にサイン

その後は、腕に造影剤を流すための針を刺されて、名前を呼ばれるのを待つ。
待つ。
ひたすら待つ。

・・・・ちょっと待たせすぎだろ~やるせなし


この日はMRIがとても混んでいて、おまけに私の前に小さな子供が入っていて時間がかかり
2時の予約で行ったのに、名前を呼ばれたのは結局3時半過ぎ。

なんの為の予約だろ・・・。


さて、ようやくMRIを撮れることになった私。

なんだかでっかいトンネルのような機械に、細長いベッド。

まぁるい穴が二つあいた、枕のようなものを看護婦さんが持ってきて
「これにお胸を入れて、うつぶせになって楽な姿勢で寝てください。途中で動けませんから
なるべく楽な姿勢を見つけてくださいね。」

「はい。あのぉ~どの位時間がかかるんですか?」

「そうね~お胸の検査だから、1時間くらいかな。」

1時間~?
てっきり、2,30分で終わると思ってたのに、意外と長いのね

言われたとおり、胸を穴の中に入れて(ちょっと間抜けで恥ずかしい)楽な姿勢を探し横になる。
するとベッドがぐいぃ~ん、と動いてトンネルの中へ。

どうやら撮影が始まったよう。

最初は横になっているだけなので、これなら楽でいいわ~と思ってた。



10分を過ぎる頃から、なんだか同じ姿勢が辛くなってきた
動かないで、といわれると無性に動きたくなるものだよね。

30分くらいたつと、もう辛くて辛くてどうにもならなくなってきた。
これはあと30分も、もたないよ~カエルさん(ショック)

なので、私は寝てしまうことにした

けれどこの作戦も上手くいかない。

うとうと・・・・と眠りに入ろうとすると、機械から
ごごごごごご~
と工事現場のような音。

その音でビクッと体が動いてしまう。
ヤバイヤバイ

これではとても寝てはいられないアップロードファイル

それでも、うとうと・・・ごごご~、ビクッ、を繰り返してるうちに、なんとか検査も終了した

終わった頃には、もう疲れてくたくた

MRIがこんなに疲れるものだったなんて・・・知らなかったよ。


そんなこんなで、初めてのMRIはたとえて言うなら、
工事現場の真ん中で寝ているまな板の鯉、かな

できればもう二度とやりたくないアップロードファイル


術前検査その1
2008年08月30日 (土) | 編集 |
癌の告知を受けたあとというのは、意外と忙しい

泣いたり落ち込んだりする暇もなく、次々と術前の検査が待っている。
まぁ余計なことをあれこれ考えることがないから、忙しいくらいで良いのかもしれないね。


そんなわけで、私もいろいろと検査を受けました

まずは告知を受けたその日のうちに、肺のレントゲンと肝臓のエコーを撮りました。
転移がないかどうか、調べるわけだけど・・・・
癌の告知より、こっちの方がよっぽど怖いよマジですか

実は私、結構ヘビースモーカーだったりします

・・・・肺、大丈夫かしら?


一通りの検査が終わり、診察室へ戻ると、なにやら二人の先生が私の肺のレントゲンを見ながら
ヒソヒソ・・・


絵文字名を入力してくださいうわっ、私やっぱり肺ヤバイのかなっ絵文字名を入力してください

すると、部屋に戻ってきた私に気づき、先生が一言。

「肺は大丈夫だったんだけどね~、タバコかなり吸うよね?白いモヤがかかってるよ~。
このまま行ったら、20年後には肺気腫確定だね」

は、はいきしゅ?はぁ~良かった、肺転移ではなかったんだぁ~

まぁ肺気腫も大変な病気ですから、良かったってことはないんだけど
でも私、20年後生きてるかどうかわからない状態ですから・・・ぐふふ


とりあえず検査第1弾、肺と肝臓はクリアー



2度目の告知
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月8日

この日もパパと一緒にクリニックへ向かいました。

再検査の結果が出る日。

診察室へ入ると、いつものK先生の他に見知らぬ先生が

「こちら、S大学病院のS先生。今日はS先生が説明してくれるからね」

そしてS先生が、説明を始めました。

やっぱりね、癌で間違いないね。」

「そうですか・・・。」

2度目のがん告知。なんで2度も告知を受けなきゃならんのだぁ~汗

と悲しくなりながらも、癌と決まったからには聞くことがいーーーーっぱいbikkuri01


私とパパは次から次へと、先生に質問攻撃
途中、難しくてわからないことは、紙に書きながら丁寧に説明してくれたK先生。

実はまだこの時、手術する病院は決めてなかったんだけど
S先生の明るく、お気楽な人柄と、こうして出会えた縁みたいなものを感じて
この日にS先生に全てをお任せすることに決めました


お任せすると決まれば、この後の日程も次々と決まっていく。

4月21日 S大学病院にてMRI検査。
4月22日 MRIの結果
4月23日 S大学病院にてK先生の診察&術前検査
4月26日 入院→手術説明→外泊
4月27日 夜、病院へ戻る
4月28日 手術



この日、手術までの流れが一気に決まりました。
3月26日にしこりを発見してから、今まで、モヤモヤしてたものが急に晴れた感じはれ

私もこの時から、落ち込みはなくなり、なんだかわけのわからないやる気みたいなものが沸いてきました


この時、先生への質問でわかったこと

・私の癌は乳管内で広がっているタイプで、非浸潤癌(癌が乳管内だけに留まっているもの)の可能性も大きいこと。

・しこりのサイズは小さいけれど、癌が乳管内に広範囲に広がっているので、全摘での手術になること。

・術中、センチネルリンパ節生検(癌が最初に到達するリンパを調べて、そこに癌があるかないかを調べる検査)をして、リンパ転移があった場合、リンパ節郭清(リンパをとる)もすること。


他にもいろいろ聞いたんだけど忘れちゃったうふ

とにかく、この時の私は、やる気満々

今すぐかかってこいや~
くらいの強気な気持ちで、あまり細かいことや深刻なことはほとんど考えてなかったのです




告知された日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
永遠に続くんではないかと思うくらい、長い長い1週間が過ぎ・・・・

2008年4月3日

とうとう、検査結果が出る日がやって来ました。

この日は、パパと一緒にクリニックへ行きました。

夕方の待合室。

この前よりちょっと混んでいて、10分くらい待ってから名前が呼ばれ診察室へ。

この前の検査の時もこの1週間も、あんなに動揺して落ち込んでいた私なのに
診察室へ入る頃には、不思議と心は落ち着いていました。


そして診察室へ入ったとたん、目に飛び込んできたのは結果の書かれた白い紙。

そこには
「クラスⅤ」と真っ黒で大きく、書かれていました。

この1週間、乳癌関係の情報をあっちこちから集めていた私です。
先生から説明がある前に、私は自分の運命が大きく変わったのを知ってしまいました。

「残念だけど、ここに書いてあるようにクラスⅤってのは、間違いなく悪性ってことで・・・」

「はい、知ってます。」

「そう・・・でね、あなたの癌は乳頭腺管癌って種類の癌の可能性が高いんだ。
でもね、この前も言ったとおり、あなたの歳での乳癌の発生率はものすごく低いから
この結果が出ても、まだ100パーセント癌とは言い切れないと思う。
だから、この結果をもう一度、検査に出すから。
それと、S大学病院のS先生って人が、毎週火曜にうちのクリニックに診察に来ているから
火曜までに結果をだしとくから、そしたらそのS先生も一緒に、今後の方針を決めていこう」


このあと、いくつか質問してからクリニックを出ました。



よく癌の告知を受ける時って
ガ━━(・д・|ll)━━ン!!
となった、とかっていうでしょう?
ドラマとかでよくあるあのシーン。

でも現実は、自分でも何でこんなに冷静でいられるのかってほど冷静でした。

一緒にいたパパは、お決まりどおり
ガ━━(・д・|ll)━━ン!!
ってなったらしいけど 笑


そんな冷静だった私も、家に帰って一息ついたころ、急に感情が一気に溢れてきて
子供の前だというのに、大泣きしてしまいましたkusun

再検査の出る火曜日までが、きっと私が癌になってから一番泣いた期間。
再検査といったって、一度クラスⅤが出ているんだから
「やっぱり間違いでした」
ってのは、まずありえない。

癌、私が癌・・・・

なんで私が?
私、もしかして死んじゃうの?
パパとも子供たちと過ごす時間、もうあんまりないの?

毎日毎日、泣きじゃくってた。

そしてパパも、夜中にこっそり両親に電話して泣いてたね。

普段、楽天家で癌と告知されてからも、冗談ばっかり言ってたパパが泣いているのを知った時
私も泣いてしまったよ。

お互いあの時は、今こうして笑って毎日を過ごしてるなんて、考えられなかったよね。


お友達とたくさんのメールのやりとりをして
そしてたくさんのお友達をも泣かせてしまったようです

でもみんな、飾らない言葉で、でも心から私のことを思い、励ましてくれた。

この期間、私のことをたくさんの人たちが支えてくれていました。
本当に本当に、ありがとう手書き風ハート

あの時のみんなの優しさ、温かさ、私一緒忘れない。




結果が出るまでの1週間
2008年08月30日 (土) | 編集 |
乳癌の疑いあり、と言われてから結果が出るまでの1週間。

実はあまりこの期間のことはよく覚えていません。


ただ覚えてるのは、
私にとって今までの人生で1番長く感じた1週間だったということと、ものすごく落ち込んだ1週間だったということ。


この日の夜、携帯のメモに簡単に自分の今の心境を書いたものが残っています。

かっこ2008年3月27日

胸にしこりを見つけたのでクリニックで診てもらった。
「大丈夫」の結果を期待していたのに、出た結果は
「石灰化」「乳癌の疑いあり」

注射器で細胞を採る検査をして、MRIの予約を入れてもらって帰宅。

かなりのショックだった。
結果はまだなのに、悪い想像ばかりが浮かび落ち込む。

不安、恐怖、孤独感で打ちのめされそう。
何も手につかず、子供たちとも遊んでやれない。

とりあえず、細胞診の結果が出るまで、なんとか乗り越えよう。

どうかどうか、いい結果でありますように・・・。
かっこ


・・・・暗いですね、落ち込んでますね

確か、こんな状態が4~5日続いたような気がします。


でもそんな何も手につかない状態の中、かなり熱を入れてやっていたことがあります。

それは、乳癌の本を片っ端から読むこと。
乳癌関係の情報をたくさん集めること。
同じ病気と戦っている方のブログをたくさん読むこと。

今思えば、ちょっと病的なくらい、朝から晩まで絵文字名を入力してくださいコレをやっていたわけですが、
そのおかげで、後に乳癌と告知された時も、手術の説明を受ける時も、術後の病理の結果を聞く時も、かなり冷静に聞くことが出来ました

同じ病気と戦っている方々のブログからは、前向きに病気と戦っていく勇気をたくさんいただきました

この期間を経て、私は少しづつ少しづつ冷静を取り戻し
そして、誰にも言えず苦しかったこの思いを、誰かに伝えよう、伝えなきゃ、とう気持ちにさせてくれたのです。

私は1年ちょっと前から、ミクシィをやっているのですが、まずそのミクシィで思い切ってこれまでのことを打ち明けました。

正直、ちょっと勇気がいった
重い内容だし、コメントしづらい日記だし・・・・
書いたことを後から後悔したりもして。

でも、そんな思いとはうらはらに、みんなから続々と励ましのコメントが届きました
すっごく嬉しかった、そしてすっごく気持ちが楽になった

それからは、何かあるたび、ミクシィの日記でみんなに聞いてもらい、応援してもらい、励まされ、勇気をもらい、元気をもらい・・・・

今、私がこうして前向きに病気と戦っているのも、そんなみんなのおかげです。

だんだんと「癌ちゃん友達」も増えてきて(癌って響きだけでもいや~な感じなので、私はちゃんをつけて少しかわいらしくしてこう呼んでいます)
病気と戦うパワーも2倍、3倍、4倍、5倍・・・・どんどんパワーアップしていってますグッ

あの時は、今こうして前向きに病気と戦うことなんて・・・
そして病気のことを誰かに話せる日が来るなんて・・・・
想像さえも出来なかったけど

でもあの時の落ち込みがあったから、今の私がいるのかな手書き風ハート



検査その2
2008年08月30日 (土) | 編集 |
足取りも重く、さきほどの診察室へ。

診察室に入ると、さっき撮った私のマンモとエコーの写真が貼ってあり、先生がそれを食い入るように見つめていました。

先生の前に座り、その様子を不安げに見る私。

すると先生が、ゆっくり、優しい口調で話し始めました。

「しこりはやっぱりあったよ。ほら、ここ。大きさは8ミリくらい。
でね、しこりももちろん問題なんだけど、僕が気になるのはこの周りに広がってる石灰化なんだ。」

石灰化

聞いたことがない石灰化なんて言葉を聞いて、私はもうわけがわからず頭真っ白。

「この石灰化、良性の場合が多いんだけど、たまに悪性なのもあるから・・・・
今からこのしこりと石灰化の部分の細胞を注射器で採る検査をするね。」

しこり、石灰化、注射器・・・・・・

いっぺんにいろんな言葉が出てきて、しばらく何も考えられず・・・・

そしてしばらくしてから、事の重大さに気づきました

注射器で細胞を採るぅ~?

やだ~そんなのこえぇ~よぉ~注射2-2cry


でも準備は着々と進められ・・・・

先生が針を持って登場注射2-2


「麻酔はかけないよ。ちょっとちくっとするくらいだから、頑張ってね。2ヶ所針を刺すよ」

そう言って、針をブスリ注射2-2

聞いただけではかなり痛そうな感じだけど、これも意外と痛くはありませんでした

私が痛みを感じないほど、動揺してたってのもあるかもしれませんが


全ての検査が終わってまたまた診察室へ。

「今日採った細胞の検査は1週間後に出るから聞きに来てね。
あと、念のためMRIの予約も入れとこうか。
うちではMRIの機械はないけど、僕は週に1度S大学病院のほうにも行ってるから
予約はすぐに取れるよ。」

そう言って、すぐさま先生自ら電話をし、予約を入れてくれた。


「あなたの歳で乳癌になる確率って1パーセントくらいしかないんだ。100人医者がいたら100人ともまさか、と疑う。
だから念には念を入れて、慎重に調べるからね。」

そして先生から、今日の診察結果が書かれた紙を一枚もらって診察室を後にした。

その紙には
「石灰化」と書かれた部分にペンで○が書かれ
そして
「乳癌の疑いあり」と書かれた部分にもペンで○がつけてあった。



そこからのことは実はあまりよく覚えていない。

検査、結果、MRI、1パーセント、そして乳癌の疑い・・・・

今まで、全く無縁だと思ってた言葉がぐるぐると頭をまわっていた。

検査その1
2008年08月30日 (土) | 編集 |
私がまず最初にやった検査、それは「マンモグラフィー」これは板と板で胸をぺったんこにする・・・という、有名なアレです。

まぁ乳癌検診なんて、まずやらないだろう年齢ってこともあって
これが産まれて始めての「マンモ」

コレって噂に聞くところによると、なんだかすっごい痛いというではありませんかっ

それに、それに・・・

恥ずかしいからあまり大きな声では言えないけど・・・・

私胸、小さいんですヨv

痛みはなんとか我慢できる
それよりも、今の問題はちゃんと挟まるかどうかだ

私、思わずマンモ技師の方に聞いてしまいました。

あのぉ~、私胸が小さいんですけどぉ~・・・ちゃんと挟まるんでしょうかっっ汗

「大丈夫ですよ。お胸の小さい方もちゃんと挟めます。今まで挟めなかった人はいませんから。
それに男性のお胸だって挟めるんですよ顔

う~ん、なんか複雑な気持ちだけど、ちゃんと挟めるみたいだから良かった

そして早速、マンモ開始

噂どおり、板の上に胸を置いて(乗せるのに一苦労しましたが
上からもう一枚の板でぐいぐいと挟んで・・・・

あれっ?!全然痛くないじゃ~んっっBrilliant

左右両方の胸を撮って、しこりのある方の左胸の時だけちょっと痛かったけど
心配していた痛みはほとんどありませんでしたうふ

それより、後から知ったことですが、このマンモ、胸が大きい人や乳腺が発達してる若い人は
死ぬほど痛いそうです

じゃ~痛くなかった私ってカエルさん(落ち込む)


さてさて、マンモも無事終わり、お次はエコー
エコーはよく妊婦検診の時にも使われる、透明なゼリーを塗って機械でくるくる円を描くようにして診るアレです。

まずは問題の左側の胸から。

ゼリーを塗って、くるくるくる。

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる・・・・・・・

おいおいっなんだかすっげー長いんですけどっ

やっぱりなんか問題あるのかなぁ~orz

いやいや、念には念をでよーく調べてるだけかも

そのうち、左が終わり、今度は右胸。

またまたゼリーを塗り、くるくる。
くるくるくるくる。
おいっもう終わり~?なんかさっきよりだいぶ短いんですけどっっ

やっぱり問題あるんだ~左胸カエルさん(落ち込む)カエルさん(落ち込む)




病院 その2
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年3月27日

不安な一夜が明け、この日は朝一番で昨日見つけたクリニックへ行きました

朝一ってこともあり、今日もガラガラ
今日は検査をするので、子供達は実家へ預け、待合室には私ひとり。

心臓バックバックハートそして猛烈な不安ひぃ~

大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・・心の中でそう繰り返し、待つこと数分。

「ayaさ~ん、どうぞ~」

昨日と同じように、私の名前が呼ばれ、いざ診察室へ

診察室に入ったら、そこには昨日のおっさんとは大違いの、いかにも人のよさそうな、そして優しそうな先生がいましたにこっ

良かった、また変なおっさんじゃなくて

そしてこれまた昨日と同じように、これまでのいきさつを話すと

「よし、じゃーとにかく診てみようかっ」

と、またまた触診。

でもこれも昨日とはうってかわって、一応上半身裸の上に、ピンク色のガウンを着せてくれて
先生はガウンの隙間から、手を差し入れて触診してくれました手書き風ハート

「うん、うん、確かにあるね、しこり。・・・・・・ん、でもひとつじゃなさそうだな・・・」

ひ、ひとつじゃない~?どういうことですかそれはっっあせあせ

もう頭真っ白です。

「うん、これは念のため、もっと詳しく検査しようね。まずお隣の部屋でマンモを撮って、そのあとその隣の部屋でエコーを撮って、そしたらここへ戻ってきてくれる?」

先生に優しくそう言われ、看護婦さんに促されるまま隣の部屋へ移動する私。


ひとつじゃない、ひとつじゃない、ひとつじゃない・・・・

どうなってるの、私の胸~マジですか

こうして、不安と動揺を隠せないまま、検査室へと向かったのでした・・・・


病院 その1
2008年08月30日 (土) | 編集 |
そんなわけで、産婦人科に行った私。

夕方の産婦人科はガラガラで、待っているのは私達親子だけ。

なのですぐに名前を呼ばれました。

「ayaさ~ん、どうぞ~」

もう胸はバックバクですっっハート

診察室に入ると、あまり人の良くなさそうなおじさん先生。

「どうしましたか?」
と聞かれ、コレまでのいきさつを話しました。

すると
「う~ん、一応診るけど・・・うちじゃ触診くらいしかできないよ。」

早速偉そうな態度に、ちょっとムカっ絵文字名を入力してください

でも、今はそんなことで腹を立ててる場合じゃない
一刻も早く、この不安を取り去ってもらわねば

なので、気を取り直し、笑顔で触診をお願いすることにしましたぐふふ


上半身、素っ裸になっての触診。
こんな時にそんなこと言ってる場合じゃないのはわかってるけど
正直、恥ずかしいv
子供達も不思議そうに見てるしorz

しかもあんまり丁寧とは言えないような触診の仕方。

それでも恥ずかしさと、不快感になんとか耐え、触診終了絵文字名を入力してください


そして、先生の口から出た言葉は・・・

「う~ん、100パーセント大丈夫とは私は言えないけどねぇ。でも触ってみた感じ、悪いものではなさそうだよ。
でも万が一ってコトもあるからねぇ~。
とりあえず、紹介状書くからそれ持って大きい病院で詳しく検査してもらって」

めんどくさそうにそう言い放つと、さらさらと紹介状を書き、それを渡されて診察終わり。

・・・・・不快感たっぷり味わった上に、不安も解消されなかった・・・・orz


なんだかモヤモヤとした気持ちのまま、家路に着く家

早速、検査の予約を入れようともらった紹介状に書いてあった電話番号にかけてみるも
もう受付時間は終了してた

明日、朝一でかけ直そう、一度はそう思ったけれど、なんとなく落ち着かない。

そこで、その病院のホームページを見てみたパソコン


すると
その病院は、乳腺外来が毎週1日しかなくて、ちょうど今日がその日だったことがわかった。

え~じゃ~予約を入れられるのは早くても来週?それまで待たなきゃいけないのぉ~がーん


無理無理無理っっ、そんなの絶対無理っっ
そこで、私は
「明日すぐに受診できて、その日のうちに検査&検査結果が聞ける病院」
ってのを探すことにした。

そんな夢みたいな病院、あるわけないか

半分諦めつつ、検索していると・・・


あった、あった~ポッ
しかも、家からかなり近い場所に、乳腺クリニックがあったではないかっBrilliant
私の願い通り、明日受診できて、検査結果もすぐわかるらしい~。

これで明日には私の不安も解消されるんだわ~手書き風ハート
そんな喜びと、でももしかしたら・・・という不安。
なんだか複雑な気持ちを抱えたまま、この日は眠りについたのでしたmoon


しこりを発見した日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
今日はしこりを発見した日のことを思い出して書いてみようと思います鉛筆


2008年3月26日

夕方、おもちゃを散らかしっぱなしにしている子供達に
「早く片付けなさ~いっっpunpun
と怒鳴りながら、夕食の準備に取り掛かろうとしていた時。

ふと、何気なく左胸に手がいった。

そして気づいた胸のしこり。

左の胸の下側、小指の先くらいのぐりぐりと動く小さなしこり。

「なんだろ・・・これ・・・汗とか今までこんなのなかったはずなのに・・・」

急に不安になり、夕食を作るのをやめて、パソコンに向かって
「胸、しこり」
で検索することにした。

そこで目に飛び込んできたのは
「乳癌」
の文字。

絵文字名を入力してくださいにゅ、にゅ、にゅ、にゅうがん~っっっ絵文字名を入力してくださいげ!


そんな言葉を見て、もう居ても立ってもいられないくらい不安になってしまった私は
子供達を乗せた自転車をぶっ飛ばし、近くの産婦人科に行ったのでした

「乳癌」
という言葉を目にしてから、10分後には病院の待合室で名前を呼ばれるのを待ってた私。

今から思えば、あの時なんであんなに早く行動にうつせたのか・・・不思議なんだけど
でもあの時
「大丈夫だろう」
なんて、そのまま放っておいたら、今頃私はどうなっていたのか・・・カエルさん(ショック)

考えただけでも恐ろしいですアップロードファイル



リボンみなさん、しこりに気づいたら、早めに病院へ行ってくださいねリボン



はじめに・・・
2008年08月29日 (金) | 編集 |
乳癌になって、同じ病気と戦う方達のブログをたくさん見てきました。

癌を告知された時は、もう落ち込んで落ち込んで

毎日泣いて暮らす日々でしたが、そんな時同じ病気でも明るく、前向きに戦っている方達のブログを見て、
私も頑張らなきゃ
と、病気と戦う勇気と、元気をたくさんもらいました

そして私も自分の体験を残すことで、私が勇気と元気をもらったように、あとに続く人達に
少しでも勇気や元気をあげられたら・・・・

と、いつかブログを始めたいなぁと思っていたのですが

告知をうけてから、検査、手術、治療、と一息つく間もなく日にちがたってしまい
今まで来てしまいました

これから、告知されてから今までの事、少しづつですが思い出しながら書いていこうと思います

初心者なので、わからないこともいっぱいありますが・・・頑張りますっっ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。