2008年、27歳で若年性乳がんになりました。2013年12月、5年目を目前にまさかの再発、転移!!治療エンドレス~が始まりました。悲しみや苦しみもいっぱい、涙もいっぱい。でも幸せもいっぱい。「今」を楽しく自分らしく生きてやるっ!そんなayaの日記です。
暇な暇な入院生活
2008年08月30日 (土) | 編集 |
入院生活は、ほんとにほんとにでした↓


なので入院中は、本をたくさん読みました

雑誌、漫画、小説・・・いろいろ読みましたが、やっぱり癌関係の本が多かったです。

それから、一番暇つぶしになったのが携帯
軽い軟禁状態の入院生活で、唯一下界と連絡をとれる携帯は、必需品でした


あと入院生活で役に立ったもの

・ベッドにいろいろと物をかけられるS字フック。
・腕の下に敷いて寝ると楽なクッション。
・すぐに脱ぎ履きできて、滑らないスリッパ代わりのクロックス。
・肌寒い時に羽織れるパーカーやカーディガン。
・シーツ代わりにもなる大きなバスタオル。
・まずいご飯を食べるためのふりかけ。


などなど・・・なくても平気だけどあると便利なもの達アップロードファイル


そういえば、同室のおばちゃんたちとも仲良くなりました手書き風ハート入院した当日、私にデリカシーのない言葉を吐いたあのおばちゃんともうふ

朝、一緒にパンを焼きに行ったり、暇な時に世間話をしたり・・・

特に、あのいかついおばちゃんは、口は悪いけど根はいい人で、私のことを気にかけてくれることが多かったです。

退院するときも、相変わらず口は悪かったけど、さみしそうだったなアップロードファイル


当初、5日で退院できる予定が、ドレーンの廃液がなかなか減らず、結局8日目でようやく退院。
入院してる間は、長く長く感じたけれど、いざ退院となるとあっというまだった気がします。

あれ以来、あのおばちゃん達とも会ってないけれど、みんな元気にしてるかなぁ?
元気だといいなぁアップロードファイル

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手術翌日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
朝、スッキリと目が覚めました

傷の痛みもほとんど感じません。麻酔もすっかり抜けたよう。

でもリンパを採った左腕は動かすと激痛
そして自力では1センチほどしか動かせませんでした。
これにはビックリ

動かないとは聞いてたけど、これほどとは


片手で何とか顔を洗い、今度は着替えようとしたけれどこれはどう頑張っても無理そうだったので断念


そのうち朝食の時間になりました

なんてったって、昨日の朝から絶食だったので、この日の朝食は最高においしく感じましたアップロードファイル

面会時間になり、早速パパがお見舞いに。
左手は完全に使い物にならないので、着替えから何から、全てパパの手を借りて・・・
う~ん、情けない↓


それにしても、手術翌日からこんなにも普通に動き回れるのか、と驚きました
左手が動かないのと、首からドレーンを下げてる以外は元気元気アップロードファイル

なので早くも退屈し始めた私汗

退院は早くても5日後・・・・

それまで何してこの暇を潰そうか~


手術当日~目覚めたあと~
2008年08月30日 (土) | 編集 |
なんだか苦しくて目が覚めた。

「ayaさん、噛まないで~噛まないで~、楽にしてね~」

看護婦さんが何か言ってる。

どうやら全身麻酔で肺まで入れた管を抜く時に、苦しくて私は思いっきり管を噛んでしまったようで

言われたとおり、体の力を抜いて楽にしたら、管がスーッと抜けた。

そしてまた私は意識を失った。



次に目が覚めた時、私は病室のベッドの上にいた。

「aya~aya~」
と呼ぶ、パパの声で目が覚めた。

何か言い返そうと、声を出そうと思ったら声が出ない

まだ麻酔が残っていて、うつらうつらしているうちに、
「また明日来るからね~」
という、家族の声で急に意識が戻ってきた。

「うん、ありがとね~」
相変わらず声は出にくいけど、今度はなんとか声になった。

みんながぞろぞろと帰った後、パパだけ少し残ってくれた。

そして、どうしても気になってたことを思い切って聞いてみた。

「リンパ、どうだった?」

「リンパ、転移してたよ・・・」

「そう、じゃ~治療、がんばんないとね」

「そうだね」

不思議と落ち込みはなかった。
やっぱりそうか・・・・そう思っただけだった。

だって1ヶ月の間に、あれほど大きく成長した癌。
タチが良くないのは、素人にだってわかる。


それからパパが帰ったあと、私はまた少し眠りについた。



次に目が覚めた時、意識は完全に戻っていた。

恐る恐る、体を動かしてみたけれど痛みは全く感じない。

おしっこの管が気持ち悪い

ちょうど、看護婦さんが様子を見に来てくれたので、おしっこの管をはずしてもらい、歩いてトイレへ行ってみた。

まだ頭がふらふらしていたけど、大丈夫、ちゃんと歩けた

ベッドに戻り、痛みはないけれど、夜中に痛みで目が覚めたら嫌なので、痛み止めの座薬をいれてもらった。

その後、友達へ手術が終了したことをメールで報告

散々眠ったし、さすがに手術したばかり。痛みも出てくるだろうから、今夜はよく眠れないかな・・・

そう思ったら、この日もすんなり眠れて、朝まで目が覚めなかった。

やっぱり、私の神経は図太いのかもしれない・・・




手術当日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月28日

とうとう、とうとう、待ちに待った手術の日がやってきましたきた


普通は手術の日なんて、待ち遠しくないものなんだろうけど
私はこの日が待ち遠しくてたまらなかった。

というのも、私の癌。
見つけた当初は小指の先くらいの小さなしこりだったのに、この1ヶ月ほどの間にみるみるうちに成長し
手術を迎えるこの頃には、かなりの大きさになっていました。

そんなものを胸に抱え、この1ヶ月生活していたのです。
胸に爆弾を抱えているような気持ちでした爆弾

だから手術の日が来るのが待ち遠しかった~。




この日は朝から絶食おにぎり

手術の予定は3時ごろ。

朝一で小さな子供の手術が入っていて、その後乳癌の手術が3件。
私の手術は一番最後です。

お昼頃から点滴が始まり、私の家族もぞろぞろと集まってきました。
ほんとにぞろぞろ。
パパ、両親、曾祖母、祖母、叔父夫婦、いとこ、叔父・・・総勢9人
心配して来てくれるのは、本当にありがたいけど・・・
でも、ちょっと大人数すぎて恥ずかしいv


手術までの時間は、これから手術するとは思えないほど落ち着いていて
家族とべらべらお喋りをして過ごしました。

が、予定の時間を過ぎてもなかなか呼びにこない

4時を過ぎても、4時半を過ぎても、まだお呼びがかからない

どうも、朝一の手術がおしてしまったようで、5時ごろになるらしい。

こっちは朝から飲まず食わずで待ってるってのに絵文字名を入力してください(点滴をしていてもお腹はすくんですね)

結局、お呼びがかかったのは5時をだいぶ過ぎた頃でした。


車椅子に乗せられ、エレベーターへ。
看護婦さん達とお喋りをしながら、見守る家族に向かって
「んじゃ~ね~かお
と笑顔でしばしのお別れ。


手術室のある階に到着すると、今度はストレッチャーに乗せられ、ガラガラと移動。
よくテレビで見るシーンだ、とちょっと感動手書き風ハート

いよいよ手術室に到着し、着ていたガウンを脱ぎ、アルミホイルのようなものをかけられました。

そこでも看護婦さん達とお喋り。

まったく緊張感がありません

そのうち、麻酔の先生がやってきて

「ではayaさん、麻酔をします。すぐに眠くなりますからね」
といって、注射器のようなものを点滴の中へちゅ~注射2-2

すると急にメンソールのようなものがスーッと鼻から脳天まで突き抜けるような感じがして

そこからふっと意識がなくなった・・・

いよいよ入院
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月27日

いよいよ入院です

夕ご飯を食べ、お風呂に入ってから病院へ向かいました


私の入院する部屋は6人部屋。

場所は違うけれど、でもみんな癌の患者さんです。

病室に入り、荷物の整理をしていると、なんだか感じるあつ~い視線カエルさん(落ち込む)

どうやら、なんだかやけに若い患者が入ってきたと、興味深々のよう。

と、ひとりのおばちゃんが声をかけてきました。

「あんた、どこが悪いね?」

「はぁ~あの乳癌で・・・」

「へぇ~若いのに、まぁ。」

それを聞いていた、窓際のベッドのいかつい風貌のおばちゃんが一言。

あ~乳癌の抗がん剤は頭ツルツルになるよ。あんたの前にいた患者も、その前の患者もみんなそうだったもん。
でも乳癌の患者はすぐ退院しちゃうんだよねぇ
。」

・・・・手術を明日に控え、しかも今入院してきたばかりの患者に、なんてデリカシーのない言葉をっっ絵文字名を入力してください


その後、すぐ就寝時間になってしまったので、他の患者さん達とたいして話すこともなく
カーテンを閉めて、消灯。

手術前夜、きっと眠れないだろうな・・・・そう思っていたのに、
27年間、付き合ってきたこの胸とも今日でお別れなのに・・・
そんなこともちっとも考えず、すぐに眠りについた私。

意外と神経図太いのかも・・・汗とか