2008年、27歳で若年性乳がんになりました。2013年12月、5年目を目前にまさかの再発、転移!!治療エンドレス~が始まりました。悲しみや苦しみもいっぱい、涙もいっぱい。でも幸せもいっぱい。「今」を楽しく自分らしく生きてやるっ!そんなayaの日記です。
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2度目の告知
2008年08月30日 (土) | 編集 |
2008年4月8日

この日もパパと一緒にクリニックへ向かいました。

再検査の結果が出る日。

診察室へ入ると、いつものK先生の他に見知らぬ先生が

「こちら、S大学病院のS先生。今日はS先生が説明してくれるからね」

そしてS先生が、説明を始めました。

やっぱりね、癌で間違いないね。」

「そうですか・・・。」

2度目のがん告知。なんで2度も告知を受けなきゃならんのだぁ~汗

と悲しくなりながらも、癌と決まったからには聞くことがいーーーーっぱいbikkuri01


私とパパは次から次へと、先生に質問攻撃
途中、難しくてわからないことは、紙に書きながら丁寧に説明してくれたK先生。

実はまだこの時、手術する病院は決めてなかったんだけど
S先生の明るく、お気楽な人柄と、こうして出会えた縁みたいなものを感じて
この日にS先生に全てをお任せすることに決めました


お任せすると決まれば、この後の日程も次々と決まっていく。

4月21日 S大学病院にてMRI検査。
4月22日 MRIの結果
4月23日 S大学病院にてK先生の診察&術前検査
4月26日 入院→手術説明→外泊
4月27日 夜、病院へ戻る
4月28日 手術



この日、手術までの流れが一気に決まりました。
3月26日にしこりを発見してから、今まで、モヤモヤしてたものが急に晴れた感じはれ

私もこの時から、落ち込みはなくなり、なんだかわけのわからないやる気みたいなものが沸いてきました


この時、先生への質問でわかったこと

・私の癌は乳管内で広がっているタイプで、非浸潤癌(癌が乳管内だけに留まっているもの)の可能性も大きいこと。

・しこりのサイズは小さいけれど、癌が乳管内に広範囲に広がっているので、全摘での手術になること。

・術中、センチネルリンパ節生検(癌が最初に到達するリンパを調べて、そこに癌があるかないかを調べる検査)をして、リンパ転移があった場合、リンパ節郭清(リンパをとる)もすること。


他にもいろいろ聞いたんだけど忘れちゃったうふ

とにかく、この時の私は、やる気満々

今すぐかかってこいや~
くらいの強気な気持ちで、あまり細かいことや深刻なことはほとんど考えてなかったのです



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告知された日
2008年08月30日 (土) | 編集 |
永遠に続くんではないかと思うくらい、長い長い1週間が過ぎ・・・・

2008年4月3日

とうとう、検査結果が出る日がやって来ました。

この日は、パパと一緒にクリニックへ行きました。

夕方の待合室。

この前よりちょっと混んでいて、10分くらい待ってから名前が呼ばれ診察室へ。

この前の検査の時もこの1週間も、あんなに動揺して落ち込んでいた私なのに
診察室へ入る頃には、不思議と心は落ち着いていました。


そして診察室へ入ったとたん、目に飛び込んできたのは結果の書かれた白い紙。

そこには
「クラスⅤ」と真っ黒で大きく、書かれていました。

この1週間、乳癌関係の情報をあっちこちから集めていた私です。
先生から説明がある前に、私は自分の運命が大きく変わったのを知ってしまいました。

「残念だけど、ここに書いてあるようにクラスⅤってのは、間違いなく悪性ってことで・・・」

「はい、知ってます。」

「そう・・・でね、あなたの癌は乳頭腺管癌って種類の癌の可能性が高いんだ。
でもね、この前も言ったとおり、あなたの歳での乳癌の発生率はものすごく低いから
この結果が出ても、まだ100パーセント癌とは言い切れないと思う。
だから、この結果をもう一度、検査に出すから。
それと、S大学病院のS先生って人が、毎週火曜にうちのクリニックに診察に来ているから
火曜までに結果をだしとくから、そしたらそのS先生も一緒に、今後の方針を決めていこう」


このあと、いくつか質問してからクリニックを出ました。



よく癌の告知を受ける時って
ガ━━(・д・|ll)━━ン!!
となった、とかっていうでしょう?
ドラマとかでよくあるあのシーン。

でも現実は、自分でも何でこんなに冷静でいられるのかってほど冷静でした。

一緒にいたパパは、お決まりどおり
ガ━━(・д・|ll)━━ン!!
ってなったらしいけど 笑


そんな冷静だった私も、家に帰って一息ついたころ、急に感情が一気に溢れてきて
子供の前だというのに、大泣きしてしまいましたkusun

再検査の出る火曜日までが、きっと私が癌になってから一番泣いた期間。
再検査といったって、一度クラスⅤが出ているんだから
「やっぱり間違いでした」
ってのは、まずありえない。

癌、私が癌・・・・

なんで私が?
私、もしかして死んじゃうの?
パパとも子供たちと過ごす時間、もうあんまりないの?

毎日毎日、泣きじゃくってた。

そしてパパも、夜中にこっそり両親に電話して泣いてたね。

普段、楽天家で癌と告知されてからも、冗談ばっかり言ってたパパが泣いているのを知った時
私も泣いてしまったよ。

お互いあの時は、今こうして笑って毎日を過ごしてるなんて、考えられなかったよね。


お友達とたくさんのメールのやりとりをして
そしてたくさんのお友達をも泣かせてしまったようです

でもみんな、飾らない言葉で、でも心から私のことを思い、励ましてくれた。

この期間、私のことをたくさんの人たちが支えてくれていました。
本当に本当に、ありがとう手書き風ハート

あの時のみんなの優しさ、温かさ、私一緒忘れない。




結果が出るまでの1週間
2008年08月30日 (土) | 編集 |
乳癌の疑いあり、と言われてから結果が出るまでの1週間。

実はあまりこの期間のことはよく覚えていません。


ただ覚えてるのは、
私にとって今までの人生で1番長く感じた1週間だったということと、ものすごく落ち込んだ1週間だったということ。


この日の夜、携帯のメモに簡単に自分の今の心境を書いたものが残っています。

かっこ2008年3月27日

胸にしこりを見つけたのでクリニックで診てもらった。
「大丈夫」の結果を期待していたのに、出た結果は
「石灰化」「乳癌の疑いあり」

注射器で細胞を採る検査をして、MRIの予約を入れてもらって帰宅。

かなりのショックだった。
結果はまだなのに、悪い想像ばかりが浮かび落ち込む。

不安、恐怖、孤独感で打ちのめされそう。
何も手につかず、子供たちとも遊んでやれない。

とりあえず、細胞診の結果が出るまで、なんとか乗り越えよう。

どうかどうか、いい結果でありますように・・・。
かっこ


・・・・暗いですね、落ち込んでますね

確か、こんな状態が4~5日続いたような気がします。


でもそんな何も手につかない状態の中、かなり熱を入れてやっていたことがあります。

それは、乳癌の本を片っ端から読むこと。
乳癌関係の情報をたくさん集めること。
同じ病気と戦っている方のブログをたくさん読むこと。

今思えば、ちょっと病的なくらい、朝から晩まで絵文字名を入力してくださいコレをやっていたわけですが、
そのおかげで、後に乳癌と告知された時も、手術の説明を受ける時も、術後の病理の結果を聞く時も、かなり冷静に聞くことが出来ました

同じ病気と戦っている方々のブログからは、前向きに病気と戦っていく勇気をたくさんいただきました

この期間を経て、私は少しづつ少しづつ冷静を取り戻し
そして、誰にも言えず苦しかったこの思いを、誰かに伝えよう、伝えなきゃ、とう気持ちにさせてくれたのです。

私は1年ちょっと前から、ミクシィをやっているのですが、まずそのミクシィで思い切ってこれまでのことを打ち明けました。

正直、ちょっと勇気がいった
重い内容だし、コメントしづらい日記だし・・・・
書いたことを後から後悔したりもして。

でも、そんな思いとはうらはらに、みんなから続々と励ましのコメントが届きました
すっごく嬉しかった、そしてすっごく気持ちが楽になった

それからは、何かあるたび、ミクシィの日記でみんなに聞いてもらい、応援してもらい、励まされ、勇気をもらい、元気をもらい・・・・

今、私がこうして前向きに病気と戦っているのも、そんなみんなのおかげです。

だんだんと「癌ちゃん友達」も増えてきて(癌って響きだけでもいや~な感じなので、私はちゃんをつけて少しかわいらしくしてこう呼んでいます)
病気と戦うパワーも2倍、3倍、4倍、5倍・・・・どんどんパワーアップしていってますグッ

あの時は、今こうして前向きに病気と戦うことなんて・・・
そして病気のことを誰かに話せる日が来るなんて・・・・
想像さえも出来なかったけど

でもあの時の落ち込みがあったから、今の私がいるのかな手書き風ハート



検査その2
2008年08月30日 (土) | 編集 |
足取りも重く、さきほどの診察室へ。

診察室に入ると、さっき撮った私のマンモとエコーの写真が貼ってあり、先生がそれを食い入るように見つめていました。

先生の前に座り、その様子を不安げに見る私。

すると先生が、ゆっくり、優しい口調で話し始めました。

「しこりはやっぱりあったよ。ほら、ここ。大きさは8ミリくらい。
でね、しこりももちろん問題なんだけど、僕が気になるのはこの周りに広がってる石灰化なんだ。」

石灰化

聞いたことがない石灰化なんて言葉を聞いて、私はもうわけがわからず頭真っ白。

「この石灰化、良性の場合が多いんだけど、たまに悪性なのもあるから・・・・
今からこのしこりと石灰化の部分の細胞を注射器で採る検査をするね。」

しこり、石灰化、注射器・・・・・・

いっぺんにいろんな言葉が出てきて、しばらく何も考えられず・・・・

そしてしばらくしてから、事の重大さに気づきました

注射器で細胞を採るぅ~?

やだ~そんなのこえぇ~よぉ~注射2-2cry


でも準備は着々と進められ・・・・

先生が針を持って登場注射2-2


「麻酔はかけないよ。ちょっとちくっとするくらいだから、頑張ってね。2ヶ所針を刺すよ」

そう言って、針をブスリ注射2-2

聞いただけではかなり痛そうな感じだけど、これも意外と痛くはありませんでした

私が痛みを感じないほど、動揺してたってのもあるかもしれませんが


全ての検査が終わってまたまた診察室へ。

「今日採った細胞の検査は1週間後に出るから聞きに来てね。
あと、念のためMRIの予約も入れとこうか。
うちではMRIの機械はないけど、僕は週に1度S大学病院のほうにも行ってるから
予約はすぐに取れるよ。」

そう言って、すぐさま先生自ら電話をし、予約を入れてくれた。


「あなたの歳で乳癌になる確率って1パーセントくらいしかないんだ。100人医者がいたら100人ともまさか、と疑う。
だから念には念を入れて、慎重に調べるからね。」

そして先生から、今日の診察結果が書かれた紙を一枚もらって診察室を後にした。

その紙には
「石灰化」と書かれた部分にペンで○が書かれ
そして
「乳癌の疑いあり」と書かれた部分にもペンで○がつけてあった。



そこからのことは実はあまりよく覚えていない。

検査、結果、MRI、1パーセント、そして乳癌の疑い・・・・

今まで、全く無縁だと思ってた言葉がぐるぐると頭をまわっていた。

検査その1
2008年08月30日 (土) | 編集 |
私がまず最初にやった検査、それは「マンモグラフィー」これは板と板で胸をぺったんこにする・・・という、有名なアレです。

まぁ乳癌検診なんて、まずやらないだろう年齢ってこともあって
これが産まれて始めての「マンモ」

コレって噂に聞くところによると、なんだかすっごい痛いというではありませんかっ

それに、それに・・・

恥ずかしいからあまり大きな声では言えないけど・・・・

私胸、小さいんですヨv

痛みはなんとか我慢できる
それよりも、今の問題はちゃんと挟まるかどうかだ

私、思わずマンモ技師の方に聞いてしまいました。

あのぉ~、私胸が小さいんですけどぉ~・・・ちゃんと挟まるんでしょうかっっ汗

「大丈夫ですよ。お胸の小さい方もちゃんと挟めます。今まで挟めなかった人はいませんから。
それに男性のお胸だって挟めるんですよ顔

う~ん、なんか複雑な気持ちだけど、ちゃんと挟めるみたいだから良かった

そして早速、マンモ開始

噂どおり、板の上に胸を置いて(乗せるのに一苦労しましたが
上からもう一枚の板でぐいぐいと挟んで・・・・

あれっ?!全然痛くないじゃ~んっっBrilliant

左右両方の胸を撮って、しこりのある方の左胸の時だけちょっと痛かったけど
心配していた痛みはほとんどありませんでしたうふ

それより、後から知ったことですが、このマンモ、胸が大きい人や乳腺が発達してる若い人は
死ぬほど痛いそうです

じゃ~痛くなかった私ってカエルさん(落ち込む)


さてさて、マンモも無事終わり、お次はエコー
エコーはよく妊婦検診の時にも使われる、透明なゼリーを塗って機械でくるくる円を描くようにして診るアレです。

まずは問題の左側の胸から。

ゼリーを塗って、くるくるくる。

くるくるくるくるくるくるくるくるくるくるくる・・・・・・・

おいおいっなんだかすっげー長いんですけどっ

やっぱりなんか問題あるのかなぁ~orz

いやいや、念には念をでよーく調べてるだけかも

そのうち、左が終わり、今度は右胸。

またまたゼリーを塗り、くるくる。
くるくるくるくる。
おいっもう終わり~?なんかさっきよりだいぶ短いんですけどっっ

やっぱり問題あるんだ~左胸カエルさん(落ち込む)カエルさん(落ち込む)




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